導き。

父が急逝して3週間。あまりに急だったので信じられない気持ちでいっぱいでしたが、ようやく父の不在を実感することが多くなりました。

今日はようやくお雛様を出したのですが、私の生まれた年にどんな気持ちで選んでくれたのかなぁとか、このパンを好きで良く食べていたなぁとか、つまらないことでいちいち父のことを思い出してしまいます。結婚して初めの10年は離れて暮らしていましたが、主人の転勤で京都に戻ることができ、それからは毎日実家に通って一緒に仕事し、お昼ご飯を食べ、子供たちとも一緒に過ごすことができたので、人よりは一緒にいた時間が長かった分思い出が多くてしんどいこともありますが、それはお互いに幸せなことなんだなぁと思ったりもします。

84歳の年老いた父でもこんなに淋しく思うのに、我が子を失くした親の辛さ、早くに親を失くした子供たちの哀しみは計り知れないものだと思います。そうやって哀しい思いを経験して人の哀しみに寄り添える人になりなさいと、今なお亡くなった父から教わってる気がします。これからも一つひとつ喪の仕事を終えるごとに故人から何か大切なことを教わっていくのですね。

 

父の入院、葬儀は息子の大学入試真っ只中でした。本命の大学の入試から帰った日にお通夜があり、ちょうど2日間空いたところに葬儀を行い、翌日はまた入試というゴタゴタの中でもなんとか休まず受験出来たのは父の配慮だったのかなぁと思ったり。

生きている間に朗報を聞かせてあげられなかったけど、息子は母ひとりになった実家から自転車で10分かからないところからスクールバスで10分程の大学に通うことになり、基本実家で母と暮らし、たまにこちらの家に帰るという生活になりそうです。本当は本命の大学は他にありましたが、スクールバス乗り場が父の魂が最後に行ったと思われる場所にあるので、何かしら因縁のある場所なのかもしれません。父が導いてくれたならきっと息子にとってよい結果に繋がるのではないかと思います。

入試のシーズン、第一志望の学校に合格出来た方、残念ながらそうならなかった方もいらっしゃると思いますが、目に見えない力で導かれた先が一番自分にふさわしい場所なのではないかなと。言い換えれば真面目に努力すればそこが自分が望んだか望んでないかに関係なく、必ずふさわしい場所に導いてもらえるものと思います。父の亡くなるタイミングや息子の進路など、全ては成り行きというか、自分の力の及ばない力で動かされているのかなぁって、そんな気がする出来事がたくさんありました。これから起こることは良いことも悪いこともきっと何か意味のあることだと思うとなんだか楽しみです。

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ようやく落ち着いたので以前にいただいた可愛すぎるお菓子をみんなでいただきました。見た目も素敵ですが、とても美味しいお菓子でしたよ。ご馳走さまでした!

 

父の勝ち

今日は備忘録として父のことを書きたいと思います。

1月25日くらいから熱はないものの風邪をひいたかなぁと近くの内科にかかって風邪薬を服用していたのですが、一向に良くならず、1月31日金曜日に母の付き添いで少し大きな病院に診てもらったところ心筋梗塞の疑いがあるとのこと、そこの病院から処置の出来る大きな病院へ救急搬送されました。よく事情がわからないまま入院の準備をして兄と病院に向かいました。

その日は少し風邪が長引いているなぁという感じでしんどそうではありましたが、そこまで深刻なこととは気づかずに、父は予約の時間までにまだ余裕があったので餡を炊くなど仕事を終わらるくらい元気だったし、救急車にも自分で歩いて乗って行ったのですが…

 

救急搬送された先では、容体がかなり悪く、カテーテルでの手術をしようにも血小板の数値が極端に低いので、大量出血すると危険とのこと、土日安静に過ごして月曜日から検査等これからの処置を検討し、10日を目安に退院と聞いていたので安心してその日は帰りました。

次の日、お昼に病院に行ったところ、管につながれていてトイレも一人では行けないと不満を口にしていましたが、私に「悪いな、悪いな、もうすこし頼むな」と言って、気をつけて帰りやとベッドで寝ながら見送ってくれました。

翌日の日曜日はケータイを持ってきて欲しいと連絡があったので母と兄が行った時、温かいコーヒーを持って行くと美味しいと飲んでいたそうです。ただ、やはり管に繋がられているのが嫌なようで早く帰りたがっていたようですが、ワシがいなくてもご馳走食べたらいいんやでと帰りがけに声をかけて送り出されたそうです。

翌日の2月3日、仕事帰りの3時前に私が行ったのですが、トイレ行くのも酸素ボンベを携帯して、ヨタヨタしながら歩いていて、私に一言「もうあかんわ」と言ったので、これから検査して治療したらよくなるから大丈夫やでって言ったのですが、つらそうでしたので温かいお茶を買って飲ませ、寝かせてその場を離れました。

 

その日の夜の事です。

我が家では節分なので入試から帰宅した息子を待って恵方巻を食べ、鬼の面をかぶった娘につきが吠えるのをみんなで笑って見ていたのですが、6時半ごろに父の携帯から実家の母に電話があり、今上賀茂神社の横にいるから出てきて欲しいとのこと、あの状態で病院を抜け出せるはずもないので、おかしいと思いお店を閉めて7時頃母と兄と私とで病院に向かいました。

病室に着くと父の姿はなく、ナースステーションに行くと車椅子に座る父がいて、病室まで戻りました。なんでも立てないのに立とうとしたり、電話をかけたいのにかからないと訴えていたらしいです。

病室で私たちの顔を見るなり「遅い!」と大きな声で叱られました。そしてベッドに横たわってすぐに咳がとまらなくなったので処置が終わるまでと私たちは病室から出され、談話室で待つ事になりました。会って少し話して病室から出されるまでほんの5分程度でした。

その後30分待っても声がかからず、着替えたりトイレに行っているのかなとしか思ってなかったのですが、担当の先生から別室に呼ばれ、大変危険な状態で、延命措置を望みますか?と聞かれました。私たちは状況を把握できず、説明を聞くと、咳をした時に肺胞から出血していること、血小板が少なく出血が止まらないこと、すでに血圧が40台まで低下していること、心臓マッサージをしたら肋骨や肺を傷つける可能性があること、すでに脳には酸素がいってない状態なので延命装置をつけても長くはいられないことを告げられました。

少しでも長くいて欲しい気持ちでいっぱいでしたが、その時の状態は息が出来なくて水の中で溺れているような感じかもしれませんと言われたので、苦痛がない選択をと延命措置はせず自然に任せることにしました。

説明後、父のもとに行くとすでに血圧も14まで低下し意識もありませんでしたが、すごく穏やかな顔をしていました。すぐに子どもたちを呼びましたが、待たずに10分程で息を引き取りました。

亡くなっても聴覚だけは最期まであるときいていたので、みんなで感謝の気持ちを伝えました。

短気でせっかちな父らしく、あっけない最期でした。

 

後になって考えてみると、秋くらいから実家の外壁を塗り直したり、業務用の冷凍庫やボイラーを買い替えたり、10月末には母の実家のお墓参りに行って親戚回りをし、12月には施設にいる父の姉に会いに行ったり、無意識のうちにやるべきことを済ませていたのかもしれません。それに最後の電話で上賀茂神社にいるって言ったのが不思議でしたが、そこは母と結婚式をあげた神社なので、最後魂がそこに行っていたのではないかなぁと想像してみたり。全て落ち着いてから父のケータイの発信履歴を見たら実家の下4桁だけ入力した履歴がその日の6時すぎから20回くらい残されていました。きっと自分の死期を悟って何度も電話をかけようとしても届かず、看護師さんに番号を押してもらい、私たちが到着するまで待っててくれたのだと思います。

 

いつもせっかちで仕事に厳しい父の無茶振りにしんどく思ったり、反論すると3倍になって叱られてしまうので、父の言うことをいい加減に聞くこともあったし、嫌悪感を抱くことも正直ありました。

でもこんなにあっけなく逝ってしまうなんておもってもなかったので、今父にはもっと優しくしてあげたら良かったとか、もっと色々教えてもらったら良かったとか、反省と後悔ばかり。そして不思議と思い出すことは全ていいことばかりで、感謝してもしきれない父の存在の大きさだったりします。いつもワシの言うことは聞かんなと怒っていた父の圧勝です。

亡くなる4日前までしんどいのを我慢しながらも仕事していた父、最後まで自分の足で立とうとしていた父、最後まで厳しい中にも優しかった父、本当に私たちになんの手を煩わすことなく潔く逝ってしまった父…きっと病院で仕事も出来ず、管に繋がられ、トイレも自由に行けない情けない姿を見せるのが嫌で、はやくみんなのいる家に帰りたかったのだと思います。

いつか祖母の法事の際にお坊さんが、親は最後自分の死をもってその生き様を子どもに教えるのですよ…とおっしゃっていましたが、失くしてからその大切さを知るものだと身を持って教えてもらいました。

いつでも、誰に対しても誠実に、一生懸命に、後悔のないように…

 

覚悟する暇なく急いで逝ってしまい、今も信じられない気持ちがありますが、生涯現役で仕事が出来、母と兄と私も一緒に仕事して、5人の孫と楽しく過ごすことが出来たのは父には幸せなことだと思います。

仕事ばかりの人生でしたので、これからはゆっくりやすんで欲しいのですが、せっかちで寂しがりやの父のことですのでまたすぐに生まれ変わってどこかで会える気がします(笑)

 

 

 

マスクと栄養とつきの笑顔

関西では暖かい冬の日が続いているもの、インフルエンザが流行りつつあります。予防接種はしていますが、やっぱりかかりたくないと結構頑張っています。我が家は受験生もおりますので尚更なのですが、高齢の両親やまなび教室の生徒さんをはじめ、お世話になっている方々に持ち込まないように買い物に行くのも常にマスクをしています。ですので家にはある程度マスクのストックがあるのであまり気にしていませんでしたが、新型肺炎ウイルスの流行で先週は普通に売っていたマスクも2、3日前には一人一点と制限してあり、今日行った薬局にはすでに完売で入荷の目処がたっていないと買いに来られていた方々に説明されていました。

すでに大量に買い占めている映像がニュースが流れていましたが、必要数を沢山の方々に分ける目的で購入されているならまだしも、高額で転売する目的で買い占めている人もいるようです。

マスクが買えなくて困ってられる方も多いと思います。インフルエンザもですが、新型のウイルスをこれ以上広めないためにはみんなでマスクをして防がないと意味がないと思うのです。非常事態ですので自分だけ良ければいいという考えはやめて、分け合う気持ちを持って欲しいなぁと思います。そう言えば京都に引っ越してきて間もない頃、新型インフルエンザが大流行した時があってマスクが売ってなくて困っていたら、愛知の親友が色々探してくれて送ってくれたことがありました。嬉しかったなぁ…

 

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昨日のおやつは焼き芋でしたので、つきちゃんにも少しお裾分け。そして私の最近のマイブームは干し柿!あと、お世話になっているご近所の方に果物やお野菜をたくさんいただきましたので、ビタミンCを摂り、生姜やニンニクを入れた野菜いっぱいのお鍋を食べて身体を温めて家族全員風邪予防をしています。

手洗い、うがいにマスクで予防するのも大切ですが、しっかり栄養と睡眠をとって抵抗力、免疫力を高めることも大切ですね。バカは風邪ひかないと昔はよく言われていましたが、あまり気にしすぎることなく、美味しいもの食べてぐっすり寝て、毎日機嫌よく過ごすことが一番の予防になるかもしれませんね。

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たくさん食べてたくさん寝て、いつも笑ってくれているつきちゃんを見てるだけで幸せな気持ちになります。私たち家族が機嫌よく過ごせるのはつきちゃんのおかげかな。

 

今年のお正月

皆さま明けましておめでとうございます。

お正月はいかがお過ごしでしょうか。

私の実家は和菓子屋ですので、年末の3日間はお正月用の鏡餅などの製造販売で大忙しです。私の子供の頃は今みたいにコンビニやスーパーもなく、お正月はみんなお店が閉まっていたので、その間はお節料理とお雑煮を食べるという感じでしたので、今の3倍の仕事量はあったと思います。小学校高学年になった頃から一人前に手伝うようになり、年末3日間は夜中2時に仕事を終えて、朝5時からまた仕事を始めるのですが、寒くて立ちぱなしで、ご飯を食べる時間もないし、力仕事で全身筋肉痛になるわで、子供心にクリスマスがすんだら家出しようかと真剣に考える程嫌でした(笑)。

大人になってだんだんと仕事量も減り、嫌悪感は減ってきましたが、子供がまだ生まれて数ヶ月で、泣いたら授乳したり、おんぶしながら仕事をしていた年があったり、猛吹雪の中重たい荷物を持って配達に行ったり、泣きたくなるような年もありました。

手伝い始めて40年以上経ちますが、色んなことを乗り切ってこれました。

今年の年末は少し雨が降ったものの比較的暖かかったので能率が上がり、お餅は作っても作っても売れてしまいましたが、夕方からは追加製造するのをやめたので夜9時には家に帰ることができました。

その上、子供たちが小さかった頃は早朝から朝昼の食事の準備をしてシロくんの散歩をすませて5時半に出かけ、夕方は一旦家に戻りシロくんの散歩をして夕食の準備をして仕事に戻ってましたが、今ではお金を置いておけばご飯は適当に食べてくれるし、つきちゃんのお世話をしておいてくれるし、お正月から嫌になるくらいの洗濯をしたり片付けたりしなくても主人がその日のうちにコインランドリーで洗濯、乾燥をしてくれていましたので本当に助かりました。

こうして年々楽にはなっていますが、年々疲れが長引いたり筋肉痛があったりで、動くのが億劫になりました(笑)。

でもね、思うのですが、仕事があること、仕事ができる身体でいられることは本当にありがたいことです。私や主人の友達も病気になったり、鬱で働けなかったり悩んでいるひとがたくさんいます。いまだに年末の忙しい3日間は恐怖にさえおもいますが、今年84歳になる父が今も現役でお鏡餅を作り、母も元気に仕事出来ていて、兄、義姉と私も去年と同じように働いているのは幸せな事です。家族だけでやっている仕事ですので誰一人欠けても回っていかないですからね。

そんなこんなで今年も無事元気にお正月を迎える事ができて嬉しく思います。

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朝ゆっくり起きてお屠蘇をいただき、お雑煮やおせちを食べ、福袋を買いにいって、こたつでテレビをみながら昼寝して…  でもだらだらするとかえってしんどいですねぇ。根っからの貧乏性のようです(笑)。

 

メリークリスマス

今日はクリスマスイブ。

うちにはもう子供たちにサンタクロースはきてくれないし、それぞれ忙しいので昔のようにパーティーはしないですが少しだけクリスマスらしく…

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これはつきちゃんのりんごのケーキを作りました。いつものように瞬殺(笑)。

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リースのサラダと手毬ずし。

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ピザとチキン。

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手作りケーキ。

つきちゃんへのプレゼントはカミカミするおもちゃをあげました。これで年末お留守番中に遊んでいてもらおうという飼い主の魂胆です(笑)。

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私にもすでにサンタさんからのプレゼントもらいましたよ! 

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いつもお世話になっているご近所の方から可愛いカードと図書カード!本当感謝しかないです。

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そして愛知に住んでいた時のママ友がシュトーレンを作ってくれました。彼女のシュトーレンが一番美味しく思います。予定通り今日食べ終わりました。

 

話は変わりますが、私は小学校の放課後まなび教室のスタッフをしているのですが、子供たちと一緒に宿題をしたり工作したり編み物を教えたりして、終礼後5時まで図書室で過ごします。最近はほとんどのお母さん方がお仕事されていて、低学年の9割の子供たちがまなび教室に登録しています。フルタイムでお仕事されているご家庭はさらに学童保育に移動したり、お母さんが帰宅されるまで習い事に移動する子もいます。

そんなこともあってか、甘えてくる子が多いです。3人で40人弱の子供たちをみるのですが、スタッフの手を引っ張って横に座らせたり、スタッフの机の横で勉強したり、膝の上に座ったり…まだまだ甘えたい年頃のようです。でも上手に甘えられない子もいて、わざとお友達と喧嘩したり、乱暴な言葉を使ったり、泣いたりして負の行動で気をひこうとします。そんな時は一応注意はしますが、怒らずなんでそんなことをしたのかゆっくりお話しします。

今の子供たちは忙しくてイライラしたり、お母さんが忙しかったり、弟妹にやきもち焼いたり色々我慢をしていることも多いように思います。みんな毎日たくさん頑張っているのでしょう。保護者も教師もそれぞれの立場で精一杯頑張ってられるので、子供たちにはまなび教室が息抜きの場になればいいなぁと、先生でもなく母親でもなく、近所の優しいおばちゃん的な存在でありたいと思います。きっと我が子がその頃にはわからなかったことが、今になって客観的にみれるようになったのかもしれませんね。

去年1年生の時、口が悪くトラブルばかりおこしていた女の子がいたのですが、今では2年生になり素直で優しい子になりました。困った行動も三年生になるとほとんどなくなりますので、低学年の間は暖かく見守ってあげたいです。

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その子がまなび教室でクリスマスカード作りの工作をした時に、みんなには内緒ねって渡してくれたカードです。すごく嬉しかったです。

他にもこの前もらったもの。

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年賀状の練習に筆ペン渡したら書いてくれました。

そして他の子には2個1,000円の高級プリン?やピザ、ポテトをいただきました!(笑)みんなたまらなく可愛いです。

みんなサンタさんにお願いしたことを内緒で教えてくれましたが、みんなのところにサンタさんが願ったプレゼントを持って来てくれますように…

 

そして皆さまに、メリークリスマス‼️

 

師走ですね

早いものでもう12月。今年もあとひと月で終わるのですねぇ…

歳をとるたびに時間の流れが早くなるというのは本当だと思います。

10代は必死で勉強し、20代では仕事と祖母の介護を、30代40代は子育てとパートと一生懸命やってきて、若い頃は寝る時間が勿体ないと思うほどフル回転していました。やらないといけない事も沢山あったし、何かを成し遂げないといけない焦りがあったし、とにかく忙しいことが充実していると思ってましたからね。スケジュールがいっぱいなのがカッコいいとさえ思ってました。若いので健康にも自信があったからやってこれたのだと思います。

今年50代に入り自分自身だんだんと無理がきかなくなってきて、両親も歳をとり、子供たちも手が離れつつある今、時間に対する考え方が変わってきました。昔はグダグダ、ダラダラして過ごす時間は無駄な時間と思ってましたが、今の私にはそんな何もしない時間も大切で、つきちゃんとゴロゴロまったり過ごすことが至福の時間だったりします。一番無駄だと思うのがつまらない事でイライラしたり、腹を立てたり、人を嫌に思ったり悪口、愚痴を言ったりネガティブな感情を持っている時間なんじゃないかなと。

また、周りの方の大切な時間を自分のせいでネガティブな感情を抱かせないように言葉を選び、気を配れるように気をつけないといけないなぁと思います。

時間は毎日同じことの繰り返しだけど、振り返ってみるとあっという間。なるべくなら穏やかに楽しく機嫌よく過ごしたいものです。「折々のことば」の万年カレンダーの1日は(時は金なり)。自分の時間と同様に、よそ様の時間も大切にしないといけないですね。また、自分の時間を誰かに喜んでもらえることに使えたらいいのですが…

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先日お天気の良い日に主人と私とつきとで賀茂川にお散歩に行ってきました。賀茂川に行くとテンションが上がるようで、毎回つきは狂ったようにはしゃくのでほぼ抱っこすることになりますが…

色々な色の落ち葉の絨毯の上を歩きながらこんな穏やかな日々が永遠に続けばいいなぁと思いました。

 

つきちゃんのお散歩

今日はとても暖かくていいお天気でしたね。

今朝は主人もお休みでしたので一緒につきちゃんのお散歩に行ってきましたよ。

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つきはあまりお散歩が上手ではなく、あっちこち気になるようでなかなか進まず、誰かと一緒にお散歩すると、クン活していても慌てて走って追いかけてきてくれるので同じ時間でもたくさん歩けるので、主人が休日の朝や早く帰宅してくれた時は一緒に散歩に付き合ってくれます。

最近は氏神様の神社に行ってお参りして、大回りして帰るコース。義父の病気が良くなるように、お世話になってる方のわんちゃんの手術の成功や、つきはもちろん家族やお世話なっている方々みんなの健康と幸せなどなど、主人と2人、つきを抱っこして毎日長いこと手を合わせてお願いしています。お賽銭を持って行くのを忘れる事も多くて申し訳ないのですが、家族4人とつきの分、5円玉5枚を用意して行きます。たくさんお願いばかりしてるのにお賽銭が少な過ぎて神さまに怒られてしまいそうですが…(笑)

 

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大好物のりんごを毎日少しあげたり、ロープや硬いガムを噛ませて歯磨きさせたり、たくさん歩かせてぐっすりと眠らせる。ずっとずっと元気でいてもらえるように家族みんながつきの健康には気をつけているのですが、やっぱり最後は神頼み、1日の始まりと終わりにはシロくんの写真に手を合わせることは欠かせません。

どうぞ私の周りの方々が健康で幸せに暮らせますように…そして今日も一日何事もなく過ごすことができました、ありがとうございました…って写真の頭をなでなでしています(笑)。

シロくんに触れられない寂しさはいまだにありますが、いつもそばで見守ってくれている不思議な気がします。